VISION

創業から引き継ぐ大切な想いと
新しい想いや考え抜いた本質を合わせ、今になる

とても大切な根幹として
「誰かを想う気持ち」が私たちの胸にあります

私がこの会社を引継いだ時、本当にユニークで素晴らしい取組をしているなと感じました。

その個性的な取組の一方で、この想いがどれだけ周りに伝わっているんだろう、そもそもゆうぼくという会社は何のために存在しているのか、という疑問も率直に感じました。

数年かけて、出てきた答えは「感動・貢献・ゆたかさ」の実現でした。

だれかに喜んでもらえる事ってシンプルに嬉しいですよね。
喜びの輪は何等かの形となって、コミュニティであったり、地域であったり、世の中の貢献に繋がります。

その貢献は自分達の生活や心をゆたかにしていきます。
このサイクルを回す事、つまり自分達を含めゆたかな輪を創り出す事がゆうぼくという会社の存在意義なんじゃないかと。

無添加の加工品だって、最初は「アレルギー体質の自分の子供でも食べられるもの」という視点から始まっています。

牛の餌に成長促進剤を使わないのもそんな想いから。
そして、友人や家族に食べてもらうものならとびっきり美味しいものを食べて喜んでもらいたい。だから熟成に辿り着いた。

そういう「誰かを想う気持ち」がゆうぼくにとって、とても大切な根幹になっています。

私達が取り組んでいる事業は1つ1つ見ると決して珍しいものではありません。

しかし、角度の異なる事業と事業を繋げる事で、通常なら出来ないようなこだわり方が実現できるんです。
そのこだわりが誰かの喜びに変わる、その喜びの数を増やすために私達は妥協しません。

そしてスタッフ一同でこのゆうぼくらしい取組を続けていきたいと思います。

株式会社ゆうぼく
代表取締役 岡崎 晋也

YUBOKU STORY

自分で何かやってみよう、思い立ったら止められませんでした。
でも、実ははじめは「牧場なんて…」という思いもあったんです。


創業者である岡崎哲は、牧場を始める前は、北海道で不動産屋をしていました。

土地を売り、大金が動くような大きな仕事ができるようになるにつれ、なんだかやりたいこととの違いが出てきたり、雰囲気が自分に合わなくなってきたと感じて、今度は住宅を売る仕事に変えました。

今の「ゆうぼくの里」のログハウスを建てたことや、牧場の土地探しをしたりすることにその時の経験が、今でも生きているように感じます。

でも、住宅の仕事につきながらも、やっぱり何か違うな、と感じるようになり、「自分で何かやってみよう」と思ったんです。

北海道から、愛媛に帰ってきて、何をやろうか色々考えました。
最終的に考えたことが、何かを生み出し、育てることでした。

本当は全てのものを循環させてつくる、ということをやってみたかったんですが、場所は限られていますから、狭い面積で育てることのできる牛に特化して育てていくようになりました。

一度は大きな土地を動かしたり、住宅を販売していた身だったので、はじめは「牧場なんて・・・」と思っていたところも正直ありました。

でも、一度やってみると、これほど可能性が大きい仕事もないんじゃないかと思うようになりました。
人間の生きるところに直接つながる「食べる」ということ、命をいただくということに直接関わるということは、その人の人生に関わるという事だと思うんです。

まぁそんな大それたことでもないのですが、色んなことを試して、日々結果が出て、改善して・・・それがたまらなく楽しかったんです。

初めての牧場経営、右も左も分からないまま、とにかく、たくさん失敗しました。
おかげでたくさん勉強して、今があるんだと思います。


最初は、今のおかざき牧場の場所ではなく、現在のゆうぼくの里の場所で、小さな1つのビニールハウスで牛を育てることを始めました。

最初は何と積雪でビニールハウスが倒壊。
今度は建物が火事で全焼・・・
そんなこともありました。

右も左も分からないスタート、とにかく勉強しました。
勉強しながら、失敗しながらだったからこその今があるんだと思います。

生き物のことだから、衛生管理などに気を遣うような問題にも直面しました。
宮崎で口蹄疫の問題が起こったときは震撼しましたね、衛生面から牧場への一般の方の立ち入りをお断りしたり、畜産に携わる者として、地区に限らず、勉強を重ね、指導にも当たりました。

生き物を育てて、それを誰かに食べてもらうということは、そういうことだと思うんです。
安心して、誰もがおいしく食べてもらえるように、大事に、丁寧に作ることがとても大切だと思うようになりました。

無添加のオーガニックにこだわる理由は、単純。
色々な余計なものが入っているものを、自分は食べたくないと思ったんです。


ソーセージづくりのためだけに、群馬まで勉強に行ってもらった人が居ます。
理由は、どうしても美味しいソーセージができなかったから。

私たちは、とにかくアレルギー等に関係なく、誰でもが「おいしい」と思って食べられるものを作りたいという想いが昔からあって、その為には「無添加」で、余分なものの入っていない加工品を作る必要がありました。

中でもとにかく、ソーセージが難しかったんです。
何とかなっても、形が悪い。味がなんだかおいしく出来ない。

何度も失敗して、だんだんソーセージは結着剤などの薬品を使わずにつくるのが難しい食べものだとわかってきたんです。
でも、やっぱり安心して食べられるものでないとおいしく食べられないから、余計なものは入れずに作りたい。
結果、研究の末、出来たんです。あきらめずにやれば、出来ないことはないと思いました。美味しいものは新鮮な肉で、大切に作ろうと改めて思いました。

今では、お客様から「このソーセージ以外ではアレルギー反応が出るけど、これだったら安心して食べられる」というお言葉をいただくことができました。
あれは本当に、心から嬉しかったです。

今では、はながポークを実現したことで無添加というだけでなく、全て自分たちの手から育て、つくりあげてきたもので加工品を作ることができるようになりました。

 

牧場で大切に育てた牛を、大切に加工して、美味しく食べる場所、そんな親友にしか教えたくないような隠れ家のような場所が欲しいと思ったんです。


牧場を営み、はなが牛を育てて、加工場を作っておいしい肉を提供するようになった頃、もっとおいしく食べてもらう方法はないかを考えるようになりました。

そこで、せっかくなら自分がおいしいと思う形で提供しようと、レストランゆうぼく民を始めました。
行きたい店、ずっと入り浸りたくなるような、そんな店を作りたかったという想いもあったからです。

出すメニューはもちろん、ログハウスも半分は自分たちで建てました。
店に入ってきたときに、迎えられているような、いい雰囲気を感じるように作ったので、是非来た人には体験してほしいなと思います。
店に立つ側の私たちは、裏口から入るから少しさみしいけど、入り口から入ったときのあの感じは、初めてでも久しぶりなような、そんな風に思ってもらえると嬉しいなと思います。

店としては、たくさんの人に来てほしいけど、スペースに余裕があった方が「自分たちの癒しの空間にしたい」というお客さんには居心地が良くていいのかもしれないですね。

おいしいものを、よりおいしく感じてもらえたらいいなと思います。

おかげさまで、2018年には松山市に2号店としてNOMADICもオープンできました。

命の恵みを、おいしくいただく。
いつの時代も変わることのないその思いを「ゆうぼくNOMADIC」に込めて…。
私たちの取組みは旅の様にも例えられます。ゆうぼくの民のように何物にもしばられることなく、たゆたう時を愉しむように。

そして私は、創業者が築き上げてきたこのユニークな取組を整備し、
世に広げたうえで、オリジナリティを加え成長させるべく、感動創りを目一杯楽しんでいっています。


私がゆうぼくに入社してからまず取り組んだのは、創業者が築き上げてきたものを整備して、世に広げること。そしてその次に、自分自身のオリジナリティを加えていき、成長させていくことでした。

冒頭でもお伝えした通り「この想いがどれだけ伝わっているのか?」疑問になった私は、この二つを重点的に取組むようになりました。

これまで見えてなかったことが見えたり、出来ていなかったことが出来るようになったり、逆に出来ていたことがうまくいかなくなったような気がしたり…
自分にできること、今の自分たちにできること、そしてできないこと…沢山の悩みや挫折もありましたが、その全てがゆうぼく全体の力となったことは間違いありません。
自分たちだから生み出せた改善策や、管理方法、一体感など、沢山の財産が手に入りました。
何よりもその経験を、今の関わる全ての人たちと、この場所・地域で出来たことが、一番の財産だと思っています。私たちゆうぼくはこれからも「感動・貢献・ゆたかさ」の実現に向けて想いを巡らせ、行動し、時に失敗もしながら前に向いて一歩ずつ歩んできます。常識にとらわれることなく、ユニークな取組で地域から世界の人々の感動を創り出します。そしてその感動創りを目一杯楽しんでいきたいと思います。